いつも心に太陽を~自分が自分でいるために~

自分が自分らしくいられるためにしていることを綴っています

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失敗へのこだわり

先日、「エニアグラム」について少し勉強する機会があった。

「人は9つの性格、いずれかに必ず分類される」というもの。

私がどこに分類されるか、先生に見て頂いたのだが、

うん、やっぱり思った通りの性格だった。

人の性格は持って生まれたものと、その後の環境で決まるらしいのだが、

その後の環境というのも6歳までのお話で、その後性格が変わることはないのだそう。

 

エニアグラムで見て頂いた私の性格。

「敵ができたら、徹底的に攻撃する」というタイプらしい。

やっぱりね、その通りです・・・

でも、そのわりに繊細なところがあるもんだからややこしい。

そのややこしさが昨日からまた顔を出している。

 

会社を辞めたこと。このことがどうもまだ自分の中で消化ができていないようだ。

勝ち負けではないことはわかっているのだけれど、私の中では「負けた」という気持ちが

強く残っていると気付いてしまった。 自分で言うのもなんだけど、しつこいね。

 

会社を辞めて、新しい道を選んで進もうとしているのだから、

それはそれで割り切らないとそちらの道もうまくいかないんじゃないの?

ってわかってはいるんだけどね。

「勝ち負けにこだわる」私の悪い部分がとっても出ている様子。

 

先月の読書会で「英雄の書」という本を持ってきてくださった方がいた。

「妻のトリセツ」を書かれた黒川さんの本だった。

英雄の書

英雄の書

 

 

この本によると、失敗というものをしないと脳は成長しないのだそうだ。

失敗して行動する、この繰り返しで人は成長していくのだそう。

失敗にくよくよしていると、「失敗経路」というものが活性化して、

ネガティブな脳神経回路になるらしい。

あー、まさに今の自分。

40代も後半にさしかかろうとしているのに10代、20代の頃と変わりないな。

 

この本の最後にこんなことが書いてあった。

 失敗を怖れず、孤高を愛し、自尊心と使命感によって手に入れる上質の異質

私は上質の異質という言葉がずっと頭に残っている。

異質である自分のことをいつも「悪」の方向に考えていた自分。

そう考えていた自分が自分自身を苦しめてるんだろうね。

急には変えられないんだろうけど、少しづつ自分で自分の感情を意識して、

「無邪気」になってもいいんじゃない?と自分に問いかけてみている雨の夜・・・

 

明日は結構たくさん雨が降る予報。

雨より晴れが好きだけど、明日の雨で今のもやっとをざざっと洗い流してくれたらいいな。

 

 

 

井戸と自己肯定感の関係

自己肯定感をテーマにした2回目の読書会

日曜日の午後、5名の方に参加頂き読書会を開催。

私が読書会を始めて2年とちょっと。回数にしたら何回くらいやっているのかなぁ。

今日のテーマも先月に引き続き「自己肯定感」。

でも、それにプラスして「子供の頃」というキーワードを皆さんに投げかけ

読書会をスタートしました。

 

今日集まったのはこんな素敵な5冊の本でした。

  • 世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス  島沢優子
  • 友だちの数で寿命はきまる 人との「つながり」が最高の健康法  石川 善樹
  • ねじまき鳥クロニクル  村上 春樹
  • プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年  アン ウォームズリー (著), 向井 和美 (翻訳)
  • 青春の夢と遊び―内なる青春の構造  河合 隼雄

私の読書会では、どんな本を持ってきて頂いてもOK。

だから皆さんがテーブルに本を出してくださる瞬間が

私のひとつの楽しみなのです。

毎回毎回皆さんが持ってくる本に驚かされる私は、

参加者の皆さんに何度も聞いてしまうことがあります。それは・・・

「本ってどうやって選ぶんですか?」

今日もまたまた参加者の方に聞いてしまいました。

今日参加されたおひとりの方は、「本屋さんに行って直感で選ぶ」んだそうです。

今日持ってきてくださった本を選んだひとつの理由として、

「(カバーの)色が好きな色だった」とおっしゃってました。

 

違う本なのに・・・

私の読書会に初めて参加してくださる方が、

読書会後の感想におっしゃってくれることがあります。

今日も初参加の方が1名いらっしゃったのですが、

その言葉をおっしゃってくださいました。

それは、

「違う本なのに、どれも繋がってきて不思議」

ということ。私の読書会の不思議なところはここなんです。

私がそれを意識してやっているわけではないのですが、

いつもなぜかそれぞれの本が繋がっていき、

読書会の終わりになると同じ方向にまとまっていく。

これは本当に不思議です。

 

自己肯定感と井戸の関係

前回の読書会では、自己肯定感と冒険から話が広がりました。

今日は色々な角度からの話があったのですが、

私が印象に残ったのは、「井戸」というキーワード。

「井戸のような深い場所におりて、自分自身と向かい合ったことがある?」

ということなんですが、

読書会の後、「井戸のように深く」ってどうすればいいのかな?と考えてみました。

深い場所に降りるっていうのは、

キラキラとした部分だけに目を向けるのではなく、

自分の嫌いなこと、目を背けたいことにも目を向けること、

今だけでなく、過去にも目を向けること。

でもそうやって深く向かい合ってみたときに、

私はやっぱり誰かにそばにいて欲しいと思います。

慰めてもらうためではなく、

客観的に意見をもらいたいし、もちろん認めてももらいたい。

それを続けることが「自己肯定感」に繋がっていくのかなと・・・

 

参加してくださる皆さんが作ってくれる場所

読書会に参加してくださる方は、読書会が終わるまでの間、

本当に真剣にお互いの話を聞いてくださっています。

そして、自分で自分にいろいろなしつもんも投げかけてくださっているようです。

 

皆さんが真剣に考え、他の方の意見も受け止めてくれる読書会という時間は、

「自分が井戸のような深い場所に降りられるとき」

のような気がします。

自分と向き合い、自分を認めるというのは、

やっぱり自分ひとりではできなくて、

誰かがそこにいてくれるからできるんじゃないか?

そんな風に思った今日の読書会でした。

 

そして今感じている違和感。

それは「自己肯定感」という言葉。

この違和感は何かなあとちょっとモヤモヤ。

「自己肯定感」という言葉をテーマにしたのは自分自身なんだけれど、

本当にそれでいいのかなというのがモヤモヤの原因かもしれません。

ということで、次回は自己肯定感というテーマから少し変わりかもしれません。

 

今日参加してくださった皆さん、ありがとうございました。

 

次回は6月22日土曜日、朝10時~の予定です。

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紙は何が好き?

日常に戻りつつある

GWが終わり、日常の空気が戻ってきた。

10日間ものお休みがあると、町の空気がなんだか違った。

私は4月からスーパーGWをスタートしていて、

(もうWeekではなくてMonthだけど)

周囲のピリピリ感と自分ののんびり感に気づいていたんだけど、

GW3日目くらいに社会全体の空気がゆるーくなったことに気づいた。

みーんなが一斉にお休みするっていうのは、ああいう空気が流れるものなのですね。

 

新しい学びを始めた

会社を辞めて1か月が過ぎた。

いろいろなお仕事に応募したものの、

まだちゃんと決まっているものはなく。

ですが!!1本の道は見つけて、そこに飛び込んでみると決めた。

これまでの仕事と違いすぎて、報告した友人はみんな椅子から転げ落ちそうに

なっていたけど、40も半ばになってからのキャリアチェンジは、

それくらいみんなが驚くものの方がやりがいがある。

GW明けと共に、新しいチャレンジに向けて学びがスタート。

昨日は机に向かって講義を聞く1日で、脳がすっかり疲労した。

 

「学び」久しぶりの響きだ。

学ぶときのスタイル、人それぞれに個性があるなと思う。

私の場合は

ひたすら白いノートに書く!!

昔から罫線のあるノートがなぜかキライ。

一時期は方眼のノートを使っていたこともあるけど、

やっぱりノートは無地が好き♡

なぜかわからないけど、私は無地のノートが大好きだ。

 

理由は何だろうか?

ノートの選び方も生まれた日とかに関係あるのだろうか?

なぜ突然に生まれた日???

ここに私の新しいチャレンジの秘密があるのです。

 

いつもお読みくださっているみなさま、

私のこれからの進化に、乞うご期待です。

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リタイア後の長期休暇より、人生の中で定期的に休みをとる利点

GWだから考えること

GW3日目。昨日の夜は道路が空いていて運転もスムーズ、快適だった。

しかし、ファミレスやチェーンのお寿司屋さんはどこも満席。

地元の、普段それほど混雑していないファミレスにやっとのこと入ったが、

どんどんお客様が増えてきて、デザートが出てくるまでに30分くらいかかり

一緒にいた母はストレスMax。挙句の果てには、「団体客がうるさい!」とスタッフに文句を言う始末。

「スタッフも一生懸命なんだから、こういう日は我慢しようよ」と、

いつもは何も言わない私だが、昨日は母に注意した。

日本人はカレンダーが赤い日に休みを取る人がほとんど。

だから昨日のようにお店には人が集中するし、高速道路は毎度毎度大渋滞。

「せっかくの休みだから」と思いっきり遊ぼうという気持ちは誰にでもある。

でも、こんな風にみんなが集中して休みを取る意味はあるのか?と

会社に行かなかくなってからさらに強く感じている。

 

ギグ・エコノミーという考え方

 ギグ・エコノミー

人生100年時代を幸せに暮らす最強の働き方

ebookjapan.yahoo.co.jp

 

この本のタイトルにある「ギグ」これは、「単発の仕事」という意味。

従来の終身雇用という考え方を捨て、

仕事を単発で考えていくとこんなに幸せなことがありますよ、という本だ。

この本の中に「仕事(ギグ)の合間に休みを取る」という章があり、

仕事と仕事の間に時間を作ると

「個人的な生活の多角化と拡大に取り組むことができる。

趣味を追及し、経験のないことに挑戦し、新しい趣味をつくり、

知り合いを増やす。家族や地域に関わり、共感できる団体を応援する。

そうやってよりよいバラスを探ることができる

という利点があると著者は書いている。

 

本の中では、「1年間休みを取るという想像をする」というExerciseがある。

時間やお金に捉われず自由な気持ちで考えるのがこの練習の大切さ。

私もこういう練習って、これまでまったくやってこなかった。

でもこの1か月は、とにかく自分が好きで楽しいと思えることを選択するようにして

それをできる限りやってきた。(遊びばかりではなく、自分を高めることも含め)

その結果、ちょっと信じられないような発想が生まれ、

新しくチャレンジしてみたいということを見つけることができた。

会社を離れて1か月で思ったこと。それは、人は自分が思っている以上に

小さな箱に閉じ込められているということ。

仕事を選ぶときに、収入を基本に考えて仕事を決めていくと、

やっぱり「これまでやってきたこと」が一番稼ぎやすいから現状維持を選択しがちだろう。

でも、本当にそれでいいのかな?ということを定期的に考えてみると、

自分でも驚く「本当の自分」に気づく可能性がある。

 

日本では貴重な長いお休みだ。1日くらいはゆっくり自分と向き合って、

「1年休みが取れたら何する?」

を想像する時間を作ってみるのもおススメだ。

 

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無駄な会議

昨日から10連休。なんだかお正月みたいな雰囲気。

私はもう会社に行っていないからこのありがたみ、あまり感じていないんだけれど、世間ではお休みムードいっぱい。

そんなGW2日目の新聞に「会議」のことが書かれていた。

一般の人からの意見がいくつか書かれていたが、どれもこれも否定的なものばかり「途中で脱線する」とか「眠い」とか「同じことが何度も話し合われる」とか。そーだそーだ、私も会社にいるときはそうだった。あとは、当初の目的がわからなくなったまま、惰性で続けられている会議もあったな~。

働き方改革で、来年からは中小企業でも「残業時間」が厳しく制限される。となると、一番やめなければいけないのはこの「ムダな会議」だろうね。人が集まって話し合わなければいけない会議ってどういう目的のものなのだろうか。

「人が集まらなくなると人間関係が希薄になる」とか言う意見もあるかもしれないけど、人間関係が希薄になるのは、それが理由だけじゃないでしょ。そもそも最近はみんな隣の人がいてもいなくても気にならないし、朝に目の前を人が通っても挨拶もしないんだから。私がいた会社には、幼稚園や小学校に貼ってありそうなポスターが大きく貼られていた。

話が逸れたが、会議っていうのは「本当に人が集まって、顔を合わせて話さなければならないこと」があるときに集まればいいだろう。では、本当に人が集まって話さなければいけないテーマってなんだろう?

  • 双方で向かっている方向があっているか確認するため
  • 部下が何か問題を抱えていないか、非言語のコミュニケーションをするため
  • お互いの意見をぶつけるため

つまり、文字では伝わらない、伝えづらい、理解してもらえない、そういったときはやっぱり人と人、顔を合わせて声を聴いて確認する必要があるだろうと思う。

 

今朝の新聞によると、最近は会議室も工夫され設計されているそう。たったまま会議ができるようにするっていうのを取り入れているところもあるらしい。以前、健康番組で、「食後の血糖値を上げないために、立ったままの会議をしている」という会社が紹介されていた。

会議って、10人参加していたらそのうちの何人がその会議の場に本気で参加しているのかわからない。だいたいパソコンを持ってきてずーーーーっと何かをタイプしている人、絶対会議とは関係ないことをしていますよね。

働き方改革」って、業務を効率化すること、生産性を上げること。これまで日本は残業代ってものがあって、それでお金をもらっていた人がたくさんいる。この仕組みそのものが変わって、「効率的に仕事を仕上げた人が高時給」という制度を取り入れてもらえないと働き方改革なんてうまくいかないんだろうって思う。

 

 

 

儲けの定義が変わる - お客さまの「特別」になる方法

「儲け」の定義が変わる

今日はこの本の紹介。

お客さまの「特別」になる方法「リレーションシップ・キャピタル」の時代

小阪 裕二

お客さまの「特別」になる方法  「リレーションシップ・キャピタル」の時代 (角川oneテーマ21)

商売をするには当然利益がでないといけないから、売れないときは安くして他社から少しでもお客さまを取り込もうとするというのが今の考え方だけど、この本では、そういった考え方が今後変わってくるのでは?と書かれている。

「安くして、お客さんが増え、利益が増えるということだけでは、本当の儲けにならない。」だとすると、今後はどうなるのか?小阪氏は、

絆作りを通じて、人の利他性が発動する。お互いがお互いをおもんぱかりながら売りても儲かり、買い手も儲かる世界が現出する。

(中略)

金銭的な利得だけでなく、精神的なものを含んでる。そしてその儲けはまた、互いをおもんぱかりながら、互いに還元されていく。

とおっしゃっている。

 

お客さまとの「絆」づくり

売るために必要で大切になるのが「お客さまとの絆づくり」。

さて「絆」とはなにか?私にとって絆って何かを考えてみたが、一言でいえば、「深くて太くて切れない紐のようなもの」という感じだろうか。絆という言葉を使うと、そこには絶対的な信頼関係があるような気がする。

そういう関係をお客さまと築くって一体どうしたらいいのか?

この本にはいくつかの成功事例が書いてあったが、そのどれもこれもが、「儲け」を匂わせないことをしている。

じゃあ何をしているかというと、「人と人との心の繋がり」を大切にした活動をしているのだ。「自分のことより相手のこと」という精神。

これはとても納得。先日のブログにも書いたが、とにかく目の前のことを終わらせることで精いっぱい、機械的に動いている人がたくさんいるということを思い知ったこの1か月。「これじゃあ人なんて集まらないよね」って思うことが何度もあった。

 

chiaki-s.hatenablog.com

 でも、儲けを意識しない活動が相手に伝わるには、それなりに時間がかかるものだというのも承知している。私は電話でITサポートの仕事を長年やってきた。やっていることは同じでも、定期的にサポートする内容が変わっていたので、その都度新しいことを覚えなければならなかったが、新しいことがスタートしたばかりのときは本当に辛かった。「誰かほかの人に代われ」とか、「いつになったら答えくれるの?」とか。それでも最後には「絆」が生まれたのだが、それはやり続けテーマは、とことんお客さまの立場に立って考え、さらには期待に応えられたからだと思う。

 

さて、この本で「絆づくり」に大切なもう一つのキーワードとして「共感」が挙げられていた。共感とは、相手の想いを受け入れること。これも1日、2日でできることではない。お客様に向けて、いろいろなことを発信したり、コミュニケーションをとっていく中で、相手の心がゆっくり自分に向いてくる。そんな感じなんだろう。

 

いずれにしても「絆」って短い時間、簡単な行動で得られるものではない。だけど、「自分が本当に売りたいもの」だったり「本当に続けていきたいサービス」であるならば、振り向いてくれるまで続けるべき。それが「信念」というものだと思う。

たかが...されど...

一度ついてしまったイメージ

就職活動でこの1ヶ月は色々なところに電話をしたりメールをしたりしている。2~3回くらいやりとりすると、その会社がどんな感じか、その人が大切にしていることは何か、だいたいわかるものだなぁと感じている。

言葉遣いがおかしいということは、どこの会社も当然ないものの、ルーチンワークとしてやっていると感じるところは多数あった。

仕事を求めて問い合わせや面接に行っているものの、私は「こちらも選んでるんだぞ」というキモチは忘れないようにしている。求職者に対する態度と、お客様への態度って、それほど大きく変わりはないだろうと思っているからだ。隣の席の人に優しくできない人が、困って電話をかけてくる人に真摯に対応できるわけない!というのが私の持論。だから、そういう会社に入らないためにも、選んでるんだ!というキモチは忘れないようにしている。

 

昨日、ある会社の採用担当者の方からお電話を頂いた。昨日の朝、応募辞退の連絡をしたのに電話がかかってきたのだ。その方は「何かお手伝いできることがないかと思い、お電話しました。これも何かのご縁だと思うので…」とおっしゃってくださいました。私がその言葉を聞いたときに感じたこと、それは会社の利益じゃなく電話してきてくださったのだろうなということ。私は今の自分の事情を正直にお伝えしたが、それでもその方は、一度面接に来ませんか?とおっしゃってくださった。

長く一緒に働いていても心通じないことはたくさんあって、悔しい思いもたくさんした。でも、会社を辞めてみて、こんな風に言ってくださる方もいるんだということを気づき、自分の視野が狭くなっていたことに気づかされる。

 

一度ついてしまったイメージを払拭するには相当な努力と時間がかかる。「たかが電話、たかがメール」でもこれで相手との関係が決まってしまうこともある。

自分の行動が相手にどう見えているのか、これって実は自分が一番わかっていない。

長く同じ仕事をしてきてしまった結果、私は知らず知らずのうちに傲慢オーラが出ていたかもしれない。だから新しいお仕事は、未経験だけどお客様と直接対面でお話できることをやろうと決めている。いつかどこかのタイミングで、自分の姿を振り返ること、これがいかに重要かを感じている毎日だ。